ビジョンとはキャンパスに絵を描くような感覚

ぼくは最近ホワイトボードっていうものの利点と、ラベルシールというものの利点を知ってしまった。
 
利点といっても、ぼくはそれは芸術になると思った。
 
すっごい馬鹿なことを言ってると思われるかもしれないけど、本気でそう思った。
 
例えばどんな芸術家でも、試行錯誤を繰り返し、線を消したり足したりしながら、自分の芸術というものを描く。
 
そして、一枚のキャンパスの中にひとつの物語をつくりあげる。
 
人のために描いた芸術なんて嘘っぱちでぼくはあんまり見たくない、それよりも己の精神や感情の爆発を描いたものをぼくは見たい。
 
岡本太郎もこう言った。
 
「芸術は爆発だ。」
 
まさにその通りだろう。
 
人生だって一枚の絵である、それが生き様であり、死に様だ。
 
ぼくはそれを文字に起こしたいし、どうしても見えるようにしたかった。
 
見えるようにすれば、現実や未来も変わるんじゃないかと思った。
 
ホワイトボードは消したり書いたりができるし、自分の中で固まったものはラベルシールにして貼ればいい。
 
なにを馬鹿なと思われるかもしれないが、ぼくにとってはこの方法が一番理にかなっている。
 
大事なのはイメージできることである。
 
本質を忘れちゃいけない。
 
方法がかっこよくても、結果がかっこ悪いでは、それはかっこ悪いだ。
 
逆にかっこ悪くても、結果がかっこ良ければ、かっこ良いのである。
 
見てくれにこだわっちゃいけない。
 
なにもかっこ悪いことをしろとか、かっこ良いことをするなとか、そんなことを言ってるわけじゃない。
 
本当に大事なことはなにかを、見分けれる目を持とうって話だ。

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ぼくテツでブログを書いています「ぼく」です。肩書きは見習い哲学者。日々精進中です。よろしくお願いします。