自分の曲を愛せるか

ぼくはhideが好きである。
 
小学4年生?ぐらいのあたりの頃だろうか、
 
ぼくは近所の大輔くんという2つ年上のお兄ちゃんの家で、はじめて「ROCKET DIVE」という曲を聴いた。
 
その時は、これがいったい誰の曲なのか、なんて名前の曲なのか、さっぱり分からなかった。
 
だが今でも覚えてるぐらいの衝撃だった。
 
人間は楽しいことよりも、恐怖や、不安のことを覚えてるらしい。
 
それはたぶん、脳内神経伝達物質のせいなんじゃないのかなってぼくは思っている。
 
hideの曲には、他の曲にはないなんかそういった中毒性みたいなもんがある。
 
そこにいると自由でなんでもありの気持ちになってくるし、かと思えば酷く縛られたような気分になったりもする。
 
なんなんだろうあれって、いつも思う。笑
 
きっとhideは自分だけの世界を持っていた人で、それがなによりも素敵だった。
 
その個性が、ぼくにはすごく純粋で、すごく不純なものにみえた。
 
ぼくにとっては誰よりもロックだ。
 
20年前の曲を今並べるともう聞かれなくなってしまった曲も多い。
 
それは、その人が時代に沿った作り方に重きを置いていたからかもしれない。
 
そういう音楽の形もきっとある。
 
でも、hideの曲が今でも聞かれたり、カバーされたりするのは、時代に沿った作り方よりも自分に沿った作り方をしていたからかもしれない。
 
曲を聴けば聴くほど、hideの世界に取り込まれてしまう。
 
お経が世界の理を示すものであれば、ぼくにとっての般若心経はhideということになってしまう。
 
本当に天才だなと思ってしまう、世界でも稀にみる天才だ。
 
そんなhide語りの朝でした。

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ぼくテツでブログを書いています「ぼく」です。肩書きは見習い哲学者。日々精進中です。よろしくお願いします。