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【soraの片づけ】モノを「飼っている」という認識をもつ【モノを持つことはコストになる】

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ミニマムなところからゴチャゴチャした環境にうつると、急に自分の内面も騒がしくなるような経験をしたことはないでしょうか?

あるいは、自分が今いる環境に煩わしさや、うっとうしさを感じるようなことはないでしょうか?

それは、おそらくモノの持ちすぎが原因だと思います。

今回はモノを持つことは、どういった状況なのかを第三者の目線から見てみましょう!

モノを「飼っている」という認識をもつ

モノを持つということはペットを飼っているのと同じ

モノを持つということは、そのモノを管理もしないといけないということです。管理をするということは、つまりペットを飼っているといったことと同じです。

動かずじっとしてくれていますが、自分の生活スペースもとるし、壊れたらお金もかかります。

捨てる時もお金がかかるといったこともあるでしょう。

例えば、そのモノというペットが家に1000匹いると考えてみましょう。

モノが1000個あることは、ペットを1000匹飼ってることと一緒のようなものだということです。

自分が煩わしさを感じる理由がわかりましたでしょうか?

必要なモノだけを持つということは、自分の大切なものに愛情を注ぐという意味でもとても大切なことです。

いらない物を粗末に扱っていいというわけではありませんが、役目が終わったのならそれはモノにとっての「死」を意味するわけですから、きちんとお別れしてあげることが大切だと思います。

壊れているのにとっているということは、浮遊霊をそのままにしておくようなものです。

きちんとモノと向き合い、成仏してあげてください

モノは愛されると長持ちする

モノが壊れる多くの原因は、自分のモノの扱いによるものだと思います。

こんな時代ですから、モノは丁寧に扱えばめったに壊れることはありません。

モノ持ちがいい人がいるように、モノを壊す人というのはきっと偏っていると思いませんか?

モノは大事にしないと、壊れる原因にもなりますし、自分の元から逃げていく原因にもなります。

人が物を管理できる量は限られていると思うので、自分自身に必要な最低限に絞り、モノを自分のペットみたいにかわいがってあげるたり、家(住所)をきめてあげたり
することで、きっとモノ持ちがいい人に大変身することでしょう。

モノに対して丁寧に接すれば、モノはきっとそれに応えてくれるんだとぼくは信じています。

-メモ

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